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「監視社会」の恐ろしさと民主主義の尊さについて | 『1984年』ジョージ・オーウェル著 

  • 小説「1984年」の書評

  • 今、世界で何が起こっているのか?

  • 管理社会の危険性について

2020年5月28日。

中国の全国人民代表大会で香港国家安全法が決定しました。

この法律は1997年に英国から返還された香港に対して

「今までの制度を50年間維持する」

とした一国二制度を破ることを宣言しました。

そして「一党独裁体制をもって、香港を支配するぞ!」という中国の意気込みを表しています。

今、世界を見渡せば、安倍晋三・トランプ・ドュテルテ・習近平。

ビッグマウスで、キャラが濃くて、唯我独尊のトップたちが立ち並んでいます。

彼らは民主主義の世界に生きているはずだけれど、そんなことはお構いなしにやりたい放題の世界を作りつつあります。

民の意見は瑣末なものとして扱われ、歯向かうものは徹底的に叩き潰されます。

現実を権力で力ずくで捻じ曲げようとしているように思えてなりません。

このような風潮が導く未来とは、どのような世界なのでしょうか。

イギリスの小説家ジョージ・オーウェルは「1984年」の中で、世にも恐ろしい監視社会を描きだしました。

一見フィクションに思える本作ではありますが、世界を見渡すと小説がフィクションではないことに気がつきます。

戦争のない平和な世界に生まれた、僕たち日本人にとっても、決して人ごとではないのです。

本書を通じて、なぜ今の状況に恐ろしさを感じるのかを考えてみたいと思います。

※この記事は2019年。自由を主張していた香港が力ずくで中国に封じ込められた光景を見て綴りました。

正当な主張をしている学者が国賊扱いを受けたり、民主主義を守ろうとしたアグネス・チョウさんたちが押さえつけられるのは、とても苦しく辛いものでした。

管理社会で生きる人々

1984年、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアの3つの超大国が統治していました。

各国は紛争地域を巡って絶えず、戦争を繰り返しています。

小説の舞台はオセアニアであり、この国では思想・言語・結婚などすべてに制限が加えられています。

物資は不足し、市民はテレスクリーンと呼ばれる監視テレビで生活のすべてが管理されている世界です。

主人公のウィンストン・スミスはオセアニアの真理省の役人として日々、「歴史の改ざん作業」を行っていました。

改ざんは幾度も繰り返され、オセアニアの歴史は、何が真実なのかわからなくなっています。

国を牛耳るのは「ビッグブラザー」であり、彼の意向のままに歴史は都合のいいように修正が繰り返されるのです。

「1984年」の世界観

本作の初めには、主人公の生きている世界背景について詳細な説明があります。

一見するとポップな雰囲気を漂わせる建物や人物たち。

それらの内情を知ると、底知れない恐怖を感じてしまうのです。

国は党に支配されており、

  • 戦争は平和なり

  • 自由は隷従なり

  • 無知は力なり

の3つのスローガンを掲げています。

そして政府は大きく4つの省に分割されているのです。

  • 真理省:報道、娯楽、教育、芸術を担当

  • 平和省:戦争を掌握

  • 潤沢省:経済問題を引き受ける

  • 愛情省:法と秩序の維持を担当

といった具合です。

各省の名前は一見すると素晴らしいもののように思えますが、その実態はまるっきり違います。

真理省党にとって都合のいい報道だけを選別し、教育によって党に都合のいい人材を作りあげることを目的としています。

平和省戦争を繰り返すのを目的としており、潤沢省は国民の貧困を維持することで、反逆する意思を彼らから削ぎ落とす。

愛情省歴史を改竄し、党にとって不都合な事実は消し去ってしまうために存在しています。

歴史を作り変え、国民を管理する

この世界観は恐らくフィクションではありません。

中国の恐ろしさ

中国では、この小説と同じような状況になりつつあるのでしょう。

そして、その国が一帯一路を掲げ、世界を牛耳ろうとしているのです。

中国には共産党以外にも八つの政党が存在していますが、いずれの党の綱領にも「共産党の指導に従う」旨が記載されています。

指導に従うということは、実質的に共産党の一党独裁体制であることを意味しています。

さらに国内では海外のSNSや言論の自由は厳しく統制されています。

Facebookやgoogleを中国人は使えないし、党を批判する者は逮捕されてしまうのです。

その結果、国にとって都合の悪い情報を国民は得られないし、1989年に起きた天安門事件は、検索エンジンには表示されません

事実上、天安門事件はなかったことにされているのです。

ただし、これは海外から見た時の話です。

国民にとっては外からの情報は入ってこないため、手に入る情報がすべてです。

そのため中国人にとって、天安門事件は存在しないし、党への批判をしないことは「当たり前」のこと、つまり「真実である」と認識されていると思われるのです。

事実を操作し、記憶を書き換える

これは非常に恐ろしいことです。

  • 真実が嘘となり

  • 嘘が真実となる

可能性があるということなのです。

そんなバカなと思うかもしれないけれど、人間の記憶を操ることは案外簡単なことなのかもしれません。

2020年2月-6月現在に至るまで、メディアはコロナウィルスの情報を流し続けてきました。

この期間、感染者の増減と対処法に一喜一憂を繰り返してきたわけです。

そして今、コロナの第一波が過ぎさろうとしています。

ここでコロナ以前を振り返ったとき、あなたはその世界をリアリティをもって感じることができるでしょうか?

僕の場合は、「今」は振り返ることができます。

外ではマスクをする必要がなく、好きなときに会食ができて、大声で会話ができる世界。

けれどもこの状態があと1年、10年と続いた場合、その記憶は捻じ曲げられてしまうのではないかとも思うのです。

本作では、「二重思考」という概念が存在します。

これは教育によって、を白に、白を黒にする頭脳訓練によって成し遂げられます。

黒いカラスがいたとしても、党が白といえば白だと思えるように。

1+1=2だと思っていても、党が答えは3だと言えば、3だと思えるように。

表面的ではなく、心の底から思えるように訓練するのです。

これは教育をもってすれば、案外簡単なことなのかもしれません。

僕たちは教科書でならった日本の歴史を信じるし、算数でならった算術式は正解であると思っています。

けれども、それらは間違いである可能性があります。

その証拠に1192年は鎌倉幕府の成立年ではなかったではありませんか。

これと同様に二重思考を教育に組み込めば、党に都合のいい人材をいくらでも作り出せるのです。

そしてそれは別におかしなことじゃない。

そもそも真実は捻じ曲げられており、誰も真実に辿り着けなくなっているからです。

新しい自分の誕生

主人公のウィンストンは、どうしても党に服従できませんでした。

党の規律を破り、女性と密会し、反政府組織に入って、政府を打倒しようと考えました。

その結果、彼は逮捕されてしまいます。

捕まった当初の彼は、いくら党であっても「人間の思想や信条は変えられない」と信じていました。

最愛の人への愛情、信念、意思は決して党であってもコントロールできないと。

しかし、度重なる暴力、飢え、痛み、恐怖を与え続けられることによって、普遍であるはずの力が揺らぎだします。

党の幹部オブライエンの放った言葉が印象的だったので、引用してみようと思います。

昔の文明は愛と正義を基礎にしていると主張した。

われわれの文明の基礎は憎悪にある。

われわれの世界には恐怖、怒り、勝利感、自己卑下以外の感情は存在しなくなる。

他のものはすべてわれわれが破壊するー何もかも破壊するのだ。

これまでわれわれは親子間、個人間、男女間の絆をすべて断ち切ってきた。

今では誰も妻や子や友人を信用できなくなっている。

しかし将来は、妻や友人といったもの自体が存在しなくなるだろう。

党に対する忠誠の他に忠誠はなく、党に対する愛の他に愛はなく、敵を打ちのめしたときの勝ち誇った笑の他に笑いはなくなるだろう。

芸術も文学も科学もなくなる。

われわれが万能になったとき、もはや科学は必要ではなくなるのだ。

最終的には党を賛美する気持ちしか残らない。

真実味がないかもしれないけれど、オウムが起こした事件が麻原への崇拝であったように、党が宗教として立ち上げられるのだと思います。

そして、この小説の最後は生まれ変わったウィンストンの姿が描かれて終了します。

彼は巨大な顔をじっと見上げた。

その黒い口髭の下にどのような微笑が隠されているのかを知るのに、四十年という年月がかかった。

ああ、なんと悲惨で、不必要な誤解をしていたことか!

ああ、頑固な身勝手さのせいで、あの情愛あふれる胸からなんと遠く離れてしまっていたことか!

人の香りのする涙が二粒、彼の花の両脇を伝って流れ落ちた。

でももう大丈夫だ。万事これでいいのだ。戦いは終わった。

彼は自分に対して勝利を収めたのだ。

彼は今、<ビッグブラザー>を愛していた。

最後に

本作でウィンストンは、絶対的な権力に打ち勝つことができませんでした。

最終的には党によって、「ウィンストンという人格までもが作り変えられてしまう」という、バットエンドの物語となっています。

そして今まさに僕たちの世界も1984年の世界と同様、巨大な権力(アメリカや中国)によって覇権が争われ、ちらが勝利するかによって世界そのものが反転しかねない局面にあるのだと思います。

  • 民主主義と一党独裁

  • 資本主義と共産主義

それぞれの理想に向かって、各国は突き進もうとしています。

だからこそ、船員である僕たち一人ひとりは、その航路がよりよい未来へとつながっているのだろうか?

と不安に感じるのではないでしょうか。

意識的であれ、無意識的であれ、なんとなく不安ややるせなさを感じている人は、その事実に少なからず敏感になっているんじゃないかな。

それが恐怖や不安を感じる原因なのではないかと、僕は感じています。