仕事

仕事とプライベートを充実させるには、”ほどほど”にしておくのがいい理由

“ワークライフバランス”が叫ばれる昨今。

仕事もプライベートも充実させようという意識が高まっている。
僕がこの風潮に対して感じることは、「みなさん!仕事もプライベートも同じように、充実させましょうね!」という、押しつけにも似たような感覚だった。

もちろん、仕事とプライベートの両方が充実しているに越したことはない。

誰もがそんな生活を夢見ているだろうし、実現している人がいれば憧れの対象にすらなる。
そんな人を見ると、純粋に「凄い人がいるもんだな~」と羨ましく思ってしまう。

投入出来るエネルギーには限りがある

ただ、自分自身がそのようになれるかというと、難しいのではないかと感じている。
そもそも仕事だけでも毎日必死こいてやっているのに、プライベートまで全力投球することなんて僕には出来ないと思ってしまう。

いくら自分の興味があるコトだといっても、エネルギーは消耗する。

多少は嫌々やっているコトよりは、消費の速度は遅いかもしれないけれど、必ずゲージは減り続ける。車は速度を上げるほどガソリンを消費する。

家電は使えば使うほどバッテリーの持ちが悪くなる。

これと同じように、人間だって、無理して全力投球すれば次第に疲れ切ってしまうだろう。

仕事にエネルギーを投入すれば、プライベートの時間を充実させるのは難しくなる。
その逆もしかりである。

結局の所、仕事もプライベートも充実させたければ、どちらもほどほどの力で取り組むしかないんじゃないかと思う。

“ほどほど”という選択肢もアリなのでは

“二頭追うものは一頭も得ず”ではないけれども、両方を充実させようというのは欲張りな気がしてならない。

普通の人たちは、そんなにいくつかのことを同時並行で行うことなんてできないだろうし、もしできるとしたら、それは能力の高いごく一部の人だけになるだろう。

別に、「充実していること=素晴らしい」という方程式が成り立たなくてもいいんじゃないだろうか。

自分の好きな割合で、現状をコントロールする。
仕事に打ち込みたいのであれば、「一定の期間はプライベートは最低限でもいい」という状態になってもいいのではないかと思う。

そもそも、それぞれの価値観は違う

仕事なんてどうでもよくて、趣味でアイドルや歌手の追っかけができれば満足だという人もいれば、仕事が好きでたまらない人もいる。
自分の好きな割合で、仕事とプライベートを割り振る。
そうすることで、”今”が充実するし、将来的にも継続して今の状態をキープできるのではないかな。

“充実”を実現するためには、自分の意志に従うコトが大切

今まで”充実”について話しをしてきたけれど、そもそも”充実”とは一体なんなのだろうか?

仕事に一心不乱に打ち込むこと?

趣味のゲームをしながらダラダラすること?

ただひたすら睡眠に耽ること?

僕はどれもが”充実”になりうることだと思うし、状況が変われば”充実”ではなくなると思う。
例えば、趣味のゲームを生活が苦しくて、食べるものにも困っているような状況でする場合、”充実”には繋がらないかもしれない。

次の日に嫌な仕事が控えている夜の睡眠は、快適とはいかないだろう。

充実に繋がるかどうかは、個人の状況や捉え方次第であって、他人からとやかく決められるものではない。

周囲に影響されて流されるのではなく、自分の意思に従って、一番いいと思う選択肢を選んでいくことが大切なんじゃないかな。

最後に

仕事をしていると、「このまま仕事ばかりしていて大丈夫だろうか?」と感じることがある。

そんな時に、プライベートまで充実させようとすると、キャパオオーバーになるし、どちらも上手くいかなくなる。

頑張ることは美徳とされるけれど、”頑張りすぎた”先に待っている道は、破滅しかない。
どこかでガス欠を起こし、エンストして動けなくなるだろう。人間はロボットではないし、いつも高い生産性を上げられるとは限らない。

ほどほどの所で妥協することも大切なのだと思う。

自身が持ちうるエネルギをいかに配分するか。
その配分の仕方が、その人のワークライフバランスを形作るのだと思う。