仕事

会社員が信仰する、「下積み3年」のウソ! 修行する場を定期的に見直そう

「昔の人たちは、丁稚奉公をして修行を積んでいた。」

「最近の若者は、我慢出来ずにすぐ辞める。」

働き始めると、「会社には最低3年は勤めるべきだ」といった、下積みの重要性を説かれることが多かった。「どんなに大変でもしばらく辛抱して続けなさい」、「若い内は修行と思って頑張りなさい」。

若者に対する、このようなアドバイスは非常に多い。

僕自身、若い内に修行と思って頑張るコトには意味があると思っている。

体力や精神力に満ち溢れている若い内にこそ、がむしゃらに取り組むコトで、自分の限界を知り、知識と経験を身に着けるコトが出来るのだと。

ただ、会社員として働くコトは選択肢の一つであると考えている。

会社員でしか得られない経験はあるのかもしれないけれど、もしも自分の目的にそぐわないのであれば、違う道に逸れるのもありじゃないかと。

目標に向かった下積み積めているかが重要

大切なのは、その下積みが設定した目標に続いているかに尽きるんじゃないかと思う。

「将来飲食店を開きたい」と考えている人が、会社員として、組織の仕組みや経営の仕方を学ぶのは悪くない。はたまた、いきなり飲食店を立ち上げて、その中からノウハウを積み上げていくのだってありだろう。

たしかに下積みは大切だけれども、設定した目標に繋がっているかが重要であって、必ずしも我慢して会社員として働くコトが下積みとはいえないんじゃないだろうか。

個人の性格や具体的な事情を考慮せずに、「とにかく我慢して働いていればいい」という風潮に違和感を感じてしまうのだ。

“役に立つもの”と”立たないもの”を仕分ける

もしあなたが、会社員として働くコトを選択したのなら、以下のコトを頭の片隅に留めておいてほしい。

それは、下積みには「役に立つもの」と「役に立たないもの」があるということだ。

果たしてその仕事は大変であっても、修行として取り組めば、より大きな仕事に繋がるだろうか?
知識や経験がたくさん得られる実務だろうか?
もしそのような業務に携われるのであれば、きっと将来への糧になるだろう。

一方、「役に立たない下積み」とは何か。

それは、誰にでも出来るような、重要ではない仕事を積み上げるコトだ。

長年続いているような組織であれば、じっくりと若者を育てようとする。
お茶くみやコピー取りから始まり、飲み会の幹事といった雑用ばかり任されるかもしれない。

別にこれらの仕事が悪いと言っている訳ではない。
けれども、能力のあるなしに関わらず、下積みという名の雑用を何年も続けるコトが目標に繋がるのだろうか?
重要な仕事を任されず、いつまで立っても簡単な仕事しか任せてもらえないのに能力は向上するのだろうか?

筋力トレーニングが有効なのは、身体に負荷が掛かるコトで、細胞の再生産が行われるからだ。

予防接種は、身体に細菌を注入することで、抗体を作ってくれる。
僕たちは、ある程度の負荷がなければ、成長することが出来ない。

簡単な雑用を続けた所で、下積みが実を結ぶことは恐らくないと思う。

お茶くみや掃除を3年続けても、飲食店は開けないし、自分のビジネスを出来るコトにはならないはずだ。

最後に

下積みには、「役に立つもの」と「役に立たないもの」がある。

続けることはたしかに重要ではあるけれど、本当に我慢して続ける必要があるかは、定期的に考えるべきだと思う。

その下積みの先には、あなたの望む未来が待ち受けているのだろうか?

もしそうでないのなら、途中で軌道修正をしたって構わないと思う。

貴重な時間を無駄にするくらいなら、適当な所で止めたっていいのではないだろうか。

将来どうなりたいか、今の場所はその未来へと繋がっているか。見つめ直す機会を持ちたいものだ。