小説

中村文則のすべてを懸けた作品が、今ここに誕生 —『教団X』

中村文則さんの著作「教団X 」を読みました。

本作は、芥川賞作家のピース又吉さんがアメトークで紹介したことで、多くの方が読まれた作品であることと思います。

しかし、Amazonのレビューなどを見てみると、大ヒット作であるのとは裏腹に、低評価の嵐。

 

本作は非常に癖が強く、読む人によっては気持ち悪くなるかもしれませんし、性や宗教といったタブーとされる事柄が全面的に扱われているため、拒否反応を示す人が多いかのかもしれません。

 

ただ僕個人でいえば、久しぶりに読んでいて熱狂させられるような作品ではなかったかと思います。

ですので、少し思うところを書いていければと思いますが、その前にちょっとだけあらすじのご紹介。

[memo title=”文庫本背表紙より”]

突然自分の前から姿を消した女性を探し、楢崎が辿り着いたのは、奇妙な老人を中心とした宗教団体、そして彼らと敵対する、性の解放を謳う謎のカルト教団だった。

 

二人のカリスマの間で蠢く、悦楽と革命への誘惑。四人の男女の運命が絡まり合い、やがて教団は暴走し、この国を根幹から揺さぶり始める。

 

神とは何か。運命とは何か。絶対的な闇とは、光とは何か。

 

著者の最長にして最高傑作。[/memo]

 

読んでいる人も恥ずかしくなる著作

本作はカルト教団と平和な宗教団体の対立軸で物語が進行していきます。

カルト教団では、性の解放を歌い、教祖の求心力によってその身をすべて委ねようとする信者たちの姿が描かれていきます。

それは、まるで麻原率いるオウム真理教の、当時の光景を彷彿とさせるかのように思えました。

教祖がサリンを撒けと言えば、信者はその命令に従っていく。

死んだ人間は極楽浄土にいけるという、浄土真宗の教えを踏襲したヴァジラヤーナの教えによって、人を殺めることを肯定していく(ポア)。

 

悪を善に塗り替えてしまう奇妙なリアルさが、物語の中からは感じられました。

 

作者が”これまでの集大成的なものを書きたい、自分にとっての『カラマーゾフの兄弟』を書こう、という気持ちでチャレンジした作品だった”と語るように、本作は今の中村文則さんのすべてとも言える作品です。

 

生き方、宗教観、政治や経済にはびこるダークな側面といった、幅広い事柄が様々な角度から、熱量のこもった力強い言葉で綴られています。

靖国神社や戦争の裏側にある、国が語らない本当の真意は何なのか。人間の持つ光と闇の二項対立についてなど、登場人物たちの経験した過去や境遇を通して鮮明に描かれていきます。

途中、あまりにもリアル過ぎて気持ちが悪くなってしまうほど、その表現は泥濘のようにまとわりついてきました。

 

これは以前に読んだ、村上龍氏の代表作「限りなく透明に近いブルー」を読んだ時以来の感覚だったように思えます。まるで、その場にいるような錯覚に陥り、手を伸ばせば物語に触れることが出来るような。

 

決して、スマートできれいな作品とは言えません。泥臭く、粘りけの強い作品ですので、好き嫌いが分かれる作品ではあると思います。

 

ただ、ドストエフスキーが地下室の手記で”自らの思いの丈”をぶちまけたように、本作も中村さんの”持ち得るすべて”が綴られています。

それほど熱のこもった作品ですので、良い悪いのどちらにせよ、読んだ人それぞれの気持ちに少なからず変化を起こしてくれることは間違いでしょう。

綺麗な作品、美しい作品は沢山ありますが、本作のように人の価値観が揺さぶられる作品は多くはありません。ぜひ一読してみて欲しいです。

それでは今日はこんな感じで。
グッドラック!

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