資本論

第1回 マルクスってどんな人? 『資本論』を書いたのは実は違う人物だった

まず『資本論』がどんな本なのかをお話しする前に、作者であるマルクスについて少しお話ししたいと思います。

 

ユダヤ人家庭に生まれる

マルクスは1818年5月5日、ドイツが統一される前のプロイセンで誕生しました。

両親は共にユダヤ教を信仰していましたが、数年後にキリスト教に改宗しています。

日本にいる中では、あまり”宗教”というものの存在を意識することがないかもしれませんが、世界を基準に考えると、宗教というのは人々の生き方・考え方に大きな影響を与えています。

 

生きる指針としての宗教という側面が強いのですね。

 

そのため、マルクスも当時は自分がどの宗教を信仰するのか悩んだことでしょう。

ユダヤ教の経典(旧訳聖書)やキリスト教の経典(新約聖書)をしっかり読んでいたはずです。

資本論の中には、そうした宗教の知識がなければ理解しずらい部分があります。資本論はヨーロッパで誕生した本であり、大半の人はキリスト教徒やユダヤ教徒だからです。

仏教信仰者の多い日本人にとっては、解釈が難しい内容があるのは当然の事なんですね。

 

気難しい性格だった

『資本論』を読むとわかるのですが、簡単な内容を回りくどい表現で説明している部分が多いです。

僕自身、学生時代に挑戦した事がありますが、あまりにも難しくて途中で読むのを投げ出してしまったことがあります。

 

実はマルクス、非常に気難しい性格をしていたんですよね。大学を卒業した後、マルクスは「ライン新聞」にジャーナリストとして就職するんですが、とにかく色々なものを批判しまくります。

 

政治や経済の問題で、プロイセン政府を批判する記事を書きまくったんですね。

これには政府が怒って新聞を発行禁止にしてしまいます。その結果マルクス自身も弾圧され、職を失った結果、最終的にロンドンに辿りつくのです。

 

親友の存在に救われた

マルクスには、エンゲルスという親友がいました。

彼は、工場の経営者をしており、マルクスが批判していた資本家だったんですね。

お金があるものだから、エンゲルスはマルクスがお金に困ると援助していました。実はマルクス、この頃は仕事もなく、経済学の研究に打ち込んでいました。

 

まさしく現代におけるニートと同じ状態だったのです。

ニートが書いた本。それが資本論なのです。

 

資本論は実はエンゲルスが書いたもの?

マルクスは、1858年に『経済学批判』という本を書きました。

 

実はこの『経済批判』の続編が『資本論』なのです。

 

資本論は全部で3巻存在しているのですが、マルクスが書いたのは実は第1巻のみ。第2巻、3巻を執筆中にマルクスが亡くなってしまったため、代わりにエンゲルスがその意志をついて書きあげた本なのです。

 

資本論の凄さ

『資本論』は1868年に発売された当初、発行部数は1000部程度でした。

当時は読み書きできる人も少なかったですし、テレビやインターネットがなかった事を考えると、これはかなりの発行部数です。ですので、すべての書籍が売れるのに4年の月日が必要だったそうです。

ただ、内容が素晴らしかったため、その後はフランスやイギリスでも発行され、日本語訳は大ベストセラーとなりました。

現在ロシアという国がありますが、以前はソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)という名称で呼ばれていました。ソ連は社会主義の国として有名ですが、この国が社会主義となる原動力になったのが、『資本論』だったのですね。

 

たった一冊の本が人を社会を動かし、国を変えていったのです。

 

最後に

今回は『資本論』を書いたマルクスがどのような人物であり、社会に与えた影響についてお話しさせてもらいました。

 

たった1冊の本の力が、人を社会を変えていく。

 

この本の凄さを少しでも感じることが出来たのではないかと思います。

次回からは、『資本論』の中身に入っていきたいと思います。

それでは今日はこんな感じで。

グッドラック!