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「イニシエーションラブ」を”2度見たくなる”理由 ネタバレ感想。

乾くるみさんの著書「イニシエーション・ラブ」。

恋愛小説であるにも関わらず、ミステリー要素が詰まった本作は100万部を超える大ベストセラーとなっています。

小説のキャッチコピーは

「必ず2回読みたくなる」

「読み終わった後は必ずもう一度読み返したくなる」

というもの。

私自身、一度目が読み終わった時には、頭の中が「???」状態になりました。

キャッチコピー通り、もう一度読み直してしまったんです。

最後の最後で何事もなく進んでいた物語から、裏の表情がひょこっと顔を出すんですね。

いい意味で期待は裏切れらます(笑)

そして、2015年には待望の映画化がされています。

今回は、映画「イニシエーションラブ」を観てきましたので、感想を書いていきたいと思います。

※ネタバレを含みますのでご注意を!

出演者はコチラ

イニシエーション・ラブ – 映画・映像|東宝WEB SITE

 

一見、平凡な物語にしか見えない

この作品は、「sideA」・「sideB」の2つに話が区切られて構成されています。

「sideA」のお話しは、大まかに言うとこんな感じです。

 

冴えない理系の大学生の「たっくん(鈴木夕樹)」が合コンでマユ(成岡繭子)と出会い、交際することになります。

初めての恋愛にどぎまぎしながらも、何とか彼女とつり合う男になりたい、純朴青年たっくん。

そんな彼の成長劇を、観察していくパートになっています。

時系列:(1987年7月~12月)

 

 

一方、「sideB」のお話しはこうです。

 

たっくんはマユのために、痩せてかっこいい男性に変身しました。

仕事で東京へ行くことになった、「たっくん(鈴木辰也)」とマユは遠距離恋愛となります。

静岡のマユと東京のたっくん。

距離が離れると同時に、お互いの心の距離は離れていきました。

たっくんは東京で、「みやこ」という女性に出会い、恋に落ちます。2股へと発展してしまうのです。

結局たっくんはマユと別れ、みやこと付き合い始めるのです。

たっくんが、二股をかけた結果、新しい彼女を選ぶというストーリーです。

時系列:(1988年6月~12月)

 

一見すると、この物語は

「たっくんがマユに2股をかけたあげくに、彼女を捨てた」

というお話しに見えます。

けれども、最後の最後で衝撃の展開が待っているのです。

 

ラストは衝撃の”どんでん返し”

ちなみに、小説では”最後の2行”で、すべてを読み解く必要があるんですが、映画では丁寧に、その説明をしてくれています。

 

“最後の5分で全てが覆る。あなたは必ず2回観る”という、映画のキャッチコピー通り、最後の5分に物語のすべてが詰め込まれていました。

簡単に説明すると、

  • sideAとsideBのたっくんは、別人だった
  • sideAとsideBは、同じ時系列で進んでいた

ということになります。

これは、“マユが同じ時期に、2人のたっくんと同時に付き合っていた”ことを意味しているんです。

つまり、たっくんがマユを捨てたと思われていたけれども実際には

「たっくんがマユに2股をかけられていた。マユこそが本当の悪女だった」

というのが、本当の落ちになっているんです。

物語の途中には、「たっくんが別人である」ことをほのめかせる伏線が、所々に張られていました。

例えば、次のような箇所があります。

  • マユがまだ付き合ってもいない時に発しかけた、「たっく・・・・」という発言。
  • sideAのたっくんは数学科なのに、sideBのたっくんは物理学科

ということなど。

先入観を持たずに、単純な恋愛映画だと思って観ていると、伏線には気づかないかもしれません。

感のいい方ならわかるかもしれませんが、私はまったく気づきませんでしたね。

 

映像化するのが難しい作品

本作は、「映像化が難しい作品」だと言われていました。

なぜなら、「二人の違う人間を同一人物に見せる必要がある」から。

つまり、sideAからsideBへと展開してく際に、別人のたっくんを同一人物と観客に感じてもらうのが難しいからです。

ただ、作者自身は、映像化するための名案を持っていたといいます。

映画は、その提案を元にして作成されたのです。

乾(作者):映画の制作発表の時に出したコメントは「映像化は無理でしょう」という突き放したものだったんですが、そう言っておいて、試写会を観てから「いや参りました」と前言撤回する流れを作りたかったんですよ。

 

プロレス的なノリで(笑)。

 

実際は、映画化の話が来た時に、映像化するならそれ用のアイディアがあるので、それを使って欲しいと申し上げていて、そのアイディアをもとにした脚本も読ませていただき、いいものになるという確信はありました。

参照:映像化不可能小説を映画にするアイディアが僕にはあった – 文藝春秋BOOK

 

ちなみに映画では、どんな手法を使ったのでしょうか?

  1. sideAには、松田翔太が演じるたっくんを出さない
  2. やり過ぎた演出を織り交ぜている

この2つのポイントで乗り切っています

 

sideAは「森田甘路」演じるたっくん、sideBには「松田翔太」が演じるたっくん。

俳優の写真

 

画像をご覧いただけると分かる通り、全く似通っていないお二人です。

どうやって、この二人を同一人物と思わせたのか。疑問ですよね。

しかし作中では、あるトリックを使って観客を騙しています

 

  1. マユからエアジョーダンのシューズをプレゼントされた、たっくん(森田甘路)は、マユのために「ハンサムになろう!」と思い立ち、走りだします。
  2. 走りだした足元を移しながら、ジョギングをしている、sideBのたっくん(松田翔太)のお話しに繋がっていく

という手法をとったんですね。

つまり、

走り込んでいる内に、痩せてかっこいい男に成長した。

そう感じさせる流れを、映像の中で演出していったんです。

さらには、別人過ぎる二人を同一人物だと認識させるために、

  • マユが登場した際には、花を咲かせる

といった過剰な演出を行っています。

ギャグ要素が強い作品なのか?と感じさせることで、別人に生まれ変わるたっくんの違和感を消しているんです。

 

原作とは違う結末を迎える

原作の最後は、

「……何考えてるの、辰也?」

「何でもない」と僕は答え、追想を振り払って、美弥子の背中をぎゅっと抱き締めた。

 

という2行で締めくくられています。

 

物語に一度も登場していなかった「辰也」を最後で登場させ、一体こいつは誰で、どういう意味なんだ?訳が分からない。

そんなモヤモヤを読者に残して、結末を迎える感じでした。

 

一方映画では、最後の5分。

時は流れ、1987年のクリスマスイブ。物語に最終章が訪れます。

辰也はマユを振った後、ある事情があり、以前待ち合わせを約束していた静岡のホテルへと向かいます。

案の定、そこにはマユの姿がありました。

駆け寄る辰也。しかし、そこで別の男性とぶつかり転倒してしまいます。そのぶつかった男性こそがsideAのたっくん。

 

原作では出会うことのなかった、二人のたっくんが出会ってしまったのです。

そこから回想シーンが流れ、物語の姿が暴かれていきエンドロール。物語は結末を迎えました。

 

最後に

原作では、

物語の終わりに疑問を残し、読者の興味を惹きつける

というテクニックを利用しています。

一度読むだけでは意味が分からないので、再読してしまう。

違和感を残すことで、より注目を惹きつけるという、トリックになっていたんです。だからこそ、多くの人が読む作品になったのですね。

しかし、映画では回想シーンですべての説明が行われてしまいます。

そのため原作のように、”2度見たくなる”とまではいかないかもしれません。

ただ作品の内容としては、非常に面白いと思います。題名であるイニシエーションラブ(通過儀礼の恋)の意味が腑に落ちてすっきりするはずですよ。

ぜひ原作・映画を比べてみて欲しいですね。

 

 

 

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